ビデオゲームの詩

Blue Wizard Is About to Die: Prose, Poems, and Emoto-Versatronic Expressionist Pieces About Video Games 1980-2003

Blue Wizard Is About to Die: Prose, Poems, and Emoto-Versatronic Expressionist Pieces About Video Games 1980-2003

とんでもない発想の本を見つけた。「Blue Wizard Is About to Die: Prose, Poems, and Emoto-Versatronic Expressionist Pieces About Video Games 1980-2003」はビデオゲームを題材とした詩集らしい。d:id:hiyokoya氏がレビューをしている。

未読なので内容については分からないが、何といってもその発想だけでおなか一杯だ。ビデオゲームを題材にした小説等の例はあるが、詩集とは…。俳句の場合は一体季語はどうするのだろう。「桃鉄」が冬、「ぼくのなつやすみ」が夏、とかか?

ちょっと一句挑戦してみよう。「桃鉄に 興じる姿の なつかしさ」うわー、やっぱりダメだ。無かったことに。むしろ川柳とかの方がいいかもしれない。「開発の 遅れぬドラクエ いぶかしむ」知り合いがさかんに不審がっていた。結果的にレベル5が株を上げた訳だが。

コンピューターゲームは、仮想の追体験であるストーリーメディアとは異なり、実体験する仮想の「環境」という性質が強い*1。その環境の一部を切り取って描く、もしくはその断片を元に短く自分の体験を言葉を用いて具現化する、という意味では実は詩や句とコンピューターゲームは親和性が高いのかもしれない。

*1:その意味で言えば、仮想という考え方は実はコンピューターゲームにはあまりそぐわない。