次世代ハードではなくて『次世代ソフト』

忙しいので過去の自分の日記から。


よく次世代ハード、次世代ハードといわれるが、本当に次世代ハードが求められているのだろうか。もし、そうならばPS2よりも新しいGCXBOXはバカ売れしていいはずだ…。そう考えると、別に次世代ハードは求められていない。

時にプレイヤーは次世代ハードに期待を持って語るときがある。ただし、どんなハードでも持つわけではない。コアなファンを除いて、期待を持って語られるハードは、市場でスタンダードになっているハードの「次世代」である。ファミコンに対するスーパーファミコンスーパーファミコンに対するN64、PSに対するPS2PS2に対するPS3などである。スタンダードになれなかったハードにたいしてはさほど期待されない。N64の後継であったGCGC後継機、XboxNextがどれだけ期待されているだろうか?

この違いは何だろうか。――恐らく、プレイヤーは次世代ハードを通した先に『次世代ソフト』を見ているからであろう。今遊べる/遊んでいる面白いゲームソフト。これを供給するハードはすごいし、次世代ハードはもっとすごいのだろう、という訳である。とどのつまり、ハードに期待するのはソフトであり、求められるのは「もっと面白い次世代ソフト」なのだ。

あんまりたいしたこと書いてない。では、追加して。

ここで言う「次世代ソフト」には注意が必要である。この次世代ソフトの出現はハードの切り替わりとは何の関係もないのだ。むしろ、ローンチタイトルはどんなにすごいハードだろうとあまりたいしたタイトルは出ない。ある程度ハードに対する理解が進んで初めて「次世代ソフト」の下地が出来る。出来るが、それは下地にすぎず、出るとは限らない。次世代ハードは予測可能だが、次世代ソフトは予測不可能だ。

この事実をもってすれば、新ハードでやたら煽る宣伝文句が実に馬鹿らしいことに気づく。格闘ゲームの「飛び道具」のようなもので、一見すごいが、よく見ればスキだらけ。しかも連射は逆効果。何故、世の中はこんなにもハードに注目するのだろうか?もしかしたらハードに注目してほしい人たちがいるのかもしれない。

そういう人を見かけたら、この事実を伝えたい。ゲーム離れの顕在化とハードへの注目が高まった時期は一致している、というそのことを。

馬鹿の一つ覚え


東芝富士通とNECの時価総額を全部足し合わせても、創業からたった六年、わずか二千七百人のグーグルの時価総額に及ばないのはなぜか。いったいグーグルとは何なのか、その台頭は何を意味するのか。本来そう問い続けなければいけない日本企業の経営者が、インターネットのことを何も知らない。米国離れを起こしている場合ではないのである。

ものづくり、モノヅクリ、物作り。馬鹿の一つ覚えとはまさにこのことだ。